はじめます。そして『アドリブについて』

さあ、よろしくお願いします。
夏井孝裕 2021.11.19
誰でも

おはようございますこんにちは。

演劇から遠く離れて、おります。でもずっと演劇のことを考えています。
「さあやりますよ」というお知らせが一日も早くなるよう、また、遠く離れているあいだに考えていることを急流のようなSNSではないところに書いていきたいと思いました。

「いま考えていること」「これからやろうと思うこと」を記していくことに加えて、自分の過去の失敗を振り返っていくことにも意味があるのではないかと考えています。

演劇を始めた理由、続けた理由、上智小劇場時代のこと、reset-Nを起動するまでのこと、劇団化した理由、よかったことわるかったこと、文化庁の制度でフランスに行った一年、続けられなくなったこと、劇場のこと、脚本のこと演出のこと音響のこと照明のこと美術のこと制作のこと。劇団を解散してからのこと。

たくさんのことを、ランダムに話していきます。よろしくお願いします。

reset-N + Théâtre de Ajmer "Adagios" 2006 こまばアゴラ劇場 撮影 相川博昭

reset-N + Théâtre de Ajmer "Adagios" 2006 こまばアゴラ劇場 撮影 相川博昭


さて、第一回は『アドリブについて』

学生時代の苦い思い出から始めます。

1991年のこと、大学二年生で橄欖舎という演劇サークルに所属していた僕は『STONE EGG』という公演によんでもらいました。よんでもらったというのは、橄欖舎ではなく上智大学演劇研究会のOBが演出する公演だったから。それで僕は橄欖舎のほうの公演を照明プランと出番の少ない役にしてもらって、『STONE EGG』のほうに出たのでした。

千秋楽の前日、居酒屋の席で「明日はこういうことをしようぜ」という話が劇研の先輩方の中から出てきました。誰が言い出したことなのかは思い出せません。とにかく、演出家も脚本家もいない役者だけの席で、その場にいない一人の出演者をからかうアイディアが出てしまったのです。飲みの席で無責任な思いつきで盛り上がること自体はよくあることでした。

しかし千秋楽の本番中、それは始まってしまいました。先輩たちは本気で、台本にないあるフレーズを台詞に混ぜ込んでいました。主役でほぼ出ずっぱりだった私は、「みんなを裏切っちゃいけない」という間違った意識に押されて、同じように台本にない台詞をいってしまいました。

終演直後、演出家が楽屋に怒鳴り込んできました。そのときの第一声をずっと僕は覚えています。

「てめえら基本的なこともできてねえくせに何がアドリブだよ! ちゃんとやってるの○○だけじゃねえか!」

そうでした。先輩の一人だけは、それまでの本番と同じように正確な演技を続けていたのでした。

さて、「アドリブ」について整理します。私たちがやってしまったことはそもそも「アドリブ」ではないのです。稽古していない演技をいきなりやった、というだけのことで、事前に「こういうことをしよう」と計画し、示し合わせておいた。それは段取りの産物であって、即興ではありません。脚本を書き、読んで体に入れ、稽古を重ねて空間に馴染ませていくという真摯な段取りを省いた、稚拙な段取りです。

だから、稽古したとおりにやったほうが遥かによかったんです。僕を含めた役者陣は、ちょっとしたスリルと新鮮さのために『STONE EGG』という芝居を台無しにしてしまった。

本当のアドリブというものは、一秒一秒をお客さんとともに懸命に進めていたある瞬間に、奇跡的にやってしまうものではないでしょうか。長谷川伸『一本刀土俵入り』初演時の伝説を私は思い出します。幕切れの主人公の台詞はもともとの台本にはなかった。駒形茂兵衛がバッタバッタと悪人どもを斬り殺し、長い間黙っている。切られたほうの役者たちは「台詞が飛んだか」と倒れたまま口々にもとの台詞を囁いたといいます。そして長い沈黙のあと、

「お行きなさんせ、早いところで、・・・仲よく丈夫でおくらしなさんせ。・・・お蔦さん、棒切れを振り廻してする茂兵衛のこれが、十年前に、櫛かんざし、巾着(きんちゃく)ぐるみ、意見をもらった姐さんに、せめて見て貰う駒形の、しがねえ姿の、土俵入りでござんす。」

が出てきたんだそうです。

終演後、楽屋へ走る長谷川伸。楽屋に入ると 六世尾上菊五郎が土下座をしていた。「あの台詞しか出てこなかった、すまねえ」長谷川伸のほうも土下座をした。「あなたのあの台詞のほうが数段上です」

鴨下信一さんから伺った話で、覚え違いがあるかもしれませんが、このようなことだった。

劇団reset.のときもreset-Nのときも、「今日はふざけてやろう」と意図的に仕掛ける出演者はずっといなくて、ありがたいことでした。

『STONE EGG』千秋楽のお客さま、関係者の皆さま、今さらですがごめんなさい。「そういうのやめましょうよ」という勇気がなかったことをずっと悔やんでいます。

「千秋楽だけちょっとサプライズをする」という遊びについてはもう一つ、大きな傷となっている事件があります。よその劇団で非常に大きな代償を払ったような話もしっています。気が向いたらまたいつかお話ししましょう。

ではでは、次回もお楽しみに!

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