「暗転」について

暗闇の中で行われる場面転換、その秘密とやり方を書いてみました!
夏井孝裕 2022.04.11
誰でも

随分あいだがあいてしまいました。近況はというと、まだ個人的なことが片づかずで演劇活動復帰ができません。そのへんの話も気が向いたらいつか。

今日は、「暗転」のことを書いてみようかと。

「暗転」は二つの意味で使われていまして、舞台用語事典などに書いてあるのは「暗くした中で行なわれる場面転換」です。明るい中で行われる転換は「明転」という、とだいたい書いてあります。

しかしもう一つ、広く使われる言い方は「舞台上が暗くなること」ですね。この場合は「明転」が「明るくなること」の意味で使われます。舞台用語事典で言うとそれぞれ「溶暗」「溶明」。

劇作家がある程度キャリアをつんでくると、「溶明」「溶暗」のほうを採用するようになります。どっちの意味? という混乱がなくなるからです。でも現場で舞台監督や照明家と打ち合わせするときに「ここでヨウアン」とは滅多にいいません。暗くするのが暗転、明るくするのが明転、というのが現場では一般的じゃないかな。この辺の用語のねじれって、いつかは統一されていくんでしょうか。劇作家協会の新人戯曲集などを読むとそれぞれで面白いです。

さて、今回お話ししたいのは「暗くした中で行われる転換作業」のほうです。動機は二つあります。一つは、小劇場の演劇を初めて見たお客さんが「あの、照明がパッとつくと役者がみんないるの、どうやってるの?」と驚かれることがあるからです。「暗闇で見える蓄光テープを仕込んでおいて、練習するんですよ」と簡単に説明するわけですが、このテクニカルな部分をちゃんと説明してみようかなと。いわば文字によるバックステージツアー。

もう一つの動機は、ツイッターの高校演劇あるあるbotで「暗転中に何かにぶつかる」というのを見てしまったからです。状況はよくわかります。暗くなる。真っ暗な中で、照明がつくまでの限られた時間の中で移動したり物を動かしたりしなくちゃいけない。そこで他の共演者か、スタッフか、舞台装置か、何かにぶつかってしまう。これは、あるあるで済ませてはいけないことだと思いました。

暗転中の事故で、「歯を折った」という話をきいたことがあります。暗闇で、体格の小さな役者さんの頭が勢いよくぶつかってしまったんですね。「あるある」ですませていると、そういった大きな怪我がおこってしまう。

怪我ではない事故もときどきききます。劇団名は伏せますが、暗転中に消火器を倒してしまったというのをききました。照明がつくともう真っ白な世界だったそうです。こういうのもいかんですね。僕が見た中では、碁を打っている場面のあとで、暗転中に碁盤を袖にしまうのを失敗したのでしょう。照明がついた瞬間、役者が必死で碁石をかき集めていたということがありました。

さて、安全でスピーディーな「暗転」の仕方をレクチャーします。中学、高校の演劇部、学生劇団向けです。

『裸のランチ』原作 W.S.Burroughs 脚本・演出 夏井孝裕 シアタートラム 2004

『裸のランチ』原作 W.S.Burroughs 脚本・演出 夏井孝裕 シアタートラム 2004

■稽古場編。

「転換稽古をやっておくこと」これ、大事です。その場面で誰が何をするのか、劇場に入る前に転換の稽古をするのです。

一人だけ仕事が多すぎる人がいるな、このへんで人が交錯するな、これを運ぶのにちょっと時間がかかるな、この椅子を置くために目印がいるな、といったポイントを全部クリアにしておくのです。役者も、「このコップ誰が置くんだっけ」みたいなことを後回しにしていると演技に集中しにくい。あれこれ試行錯誤しながら、明るい中で一番合理的な転換を練習しておきます。人数が多いとき、一斉に同じ方向を目指してしまうと危険ですから、動く順番も整理します。上手(かみて)ではAさんが袖から中に入っていったん奥によけて、舞台上にいたBさんCさんがはける、下手(しもて)ではDさんEさんFさんがはけたのを確認してからGさんHさんが入ると一番早く安全に終わる、といった段取りを稽古場で組んでしまうんです。衣装のハヤガエや小道具の持ち替えなども、誰がどこでどう助けるかを考えておきます。

通し稽古のときは転換も一緒にやります。真っ暗にできないまでも「暗転」の時間に蛍光灯を消灯するとイメージがしやすいでしょう。真っ暗にできる稽古場なら、投光器と「ルーコン」という簡単な調光器で簡易的な照明を作ってしまうのもメリットが大きく、お勧めします。

■劇場入り前に確認しておくこと。

暗転中の事故を防ぐために、危ないと思ったらすぐに声を出すことを全員で確認。

照明は、危険があると思ったらすぐに明るくしてあげること。

音響も、危険があると思ったらすぐに音量を下げてあげること。

袖にいるスタッフはLEDライトを携帯、何かのときはすぐにストップをかけ、助けに行くこと。

とにかく全員で「こんなときはこうする」の意思統一をしておきます。慌てないチームを作っておく。

■場当たり開始前に

必要な蓄光テープ、ポジションライトを仕込みます。

蓄光テープは、劇場の床に直接貼ってはいけないという会場があるので使用ルールをよく確認しておきます。養生テープなら可、マスキングテープなら可、など色々あるのでOKな貼りかたで。

ポジションライトはこういうものですね。

舞台前面中央に仕込んでおくと、舞台から転げ落ちないで済むほか、空間の見当がつけやすくなります。

袖に人を配置するやり方

舞台上からはける人のために、スタッフや出番のない役者が「介錯をしてあげる」やり方があります。この光を目指して歩いてきて、という光をLEDライトで作るのです。直接向けると眩しいし、客席からもバレてしまうので、ライトを点灯して握っておき、暗転中に手を開いて、光る手のひらを役者に見せてあげるのです。光が舞台上に伸びて行かないように注意。

ここにこれがある、という物の配置をチェックします。床置きのスポットライトやマイクやスピーカーなど。きわどいものには蓄光テープを貼って、暗い中でも視認できるようにしておきます。

一通り仕込んだら「暗転チェック」をします。実際に暗くしてみて、やっぱりここに蓄光テープがないと怖い、というものを確認。

■場当たり

稽古場でじゅうぶんな転換稽古ができていても、いきなり暗転をやってみてはいけません。本チャンじゃない形でまずやってみましょう。照明は消し切るのではなくハーフ、50%まで下げる。「消え切りです」と叫んであげると親切です。音響も、フルボリュームにせず、みんなの指示が聞き取れるボリュームで。

で、一番最後に転換が終了する人を見つけます。袖にはける人である場合と、舞台上にスタンバイ(板つき)する人である場合があります。その人が完了なら他の人も完了、というアンカーですね。誰がアンカーなのかを確定します。

アンカーが確定したら、同じような条件でもう一回練習してみましょう。今度はアンカーの人が転換が終わった時に「ハーイ」と叫ぶようにしてもらいます。この時にほかの人が本当に転換できているか、結構ギリギリなのかを確認します。そして、転換開始から「ハーイ」まで何秒なのかを測っておきます。その秒数が、まだ照明をつけてはいけない秒数なわけです。それをもとに、プラス3秒で行こうか、とか音楽のここでいこうか、という照明を入れるタイミングを確定します。

(違うやり方としては、転換終了を確認できるスタッフを袖において、インターコムかキューランプで「転換終了」を調光室のスタッフに伝える手もあります)

それで、もっと合理的にできないか、危険なポイントはないかを確認します。「怖いのでもう一回明るい中でやらせてください」という人がいなくなるまで、本チャンでやらない。みんな大丈夫だね、となってから本チャンです。この粘りが、事故を防ぎます。

人数が多かったり、物の出し入れが多かったり、初舞台の人がたくさんいたりっていう、ちょっと怖い要素があるなら、音楽なしで声を掛け合いながら暗闇の転換を練習するくらいの慎重さがあってよいと思います。

いかがでしたでしょうか。たいへんだな、と思われたかもしれませんが、しっかりやると、てきとうな劇団が20秒かけているような暗転が10秒で決まります。10秒の間伸びってでかいですよ。観客がノったまま次の場面に行けるか、ちょっと醒めてみてしまうかの分かれ目になったりもします。

暗転を制して、良い舞台を!

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